私の右目の中には小さな金魚がいる。
正確には「中心性漿液性脈絡網膜症」(ちゅうしんせいしょうえきせいみゃくらくもうまくしょう)という早口言葉のような目の病気で、12年ほど前に出張先の札幌で初めて、見る景色、見る景色の中央に黄色いタンポポのようなものが見えてびっくりし、東京に戻ってすぐに病院で精密検査をして、その病名が分かった。
(医者はその時、「30代から40代の働き盛りに多い病気です」と言ったので、少し得した気分になった)
原因はよく分からないが、過労やストレスが溜まった時に発症するケースが多く、事実その時もあるお茶屋さんの2つの札幌の店やニセコのレストランの設計で徹夜に近い状態が続いた矢先に起こった。
レーザー光線を網膜の水が漏れ出ている部分に照射すると治るらしいのだが、私の場合はその部分が網膜のほぼ中央で、失明の恐れがあるとのことので、結局、目の血流を良くする薬を辛抱強く飲んで、黄色いタンポポは小さくなり、やがて消えた。
だが、治癒に半年近くかかったので、右目の垂直水平は少しガタガタになり、(建築家にとってそれは少し致命的だったが、)左目で補正する癖が自然と身に付き、そのうち気にならなくなった。
その後、半年ごとに精密検査をして異常がないことを確認し、安心していたが、この春、突然それが再発した。今度は小さな金魚の形をしている。
原因は明らかだ。相続によるストレスだ。
26年間一人で行ってきた両親の介護が思ってもみなかった酷い結末を迎えようとして、私はショックを受け、死をずっと考えた。
深い闇のような時間を過ごした。
そうしたら、突然、金魚が現れた・・・
結局、私を救ったのは、友人達と建築だった。
私はこれまでの人生で、お金儲けや裕福な暮らしとは無縁な生活をしてきたが、それと引き換えに、かけがえのない人々と成すべき目的を自然と得てきたことを今回知った。
やがて金魚は小さくなり、消えていくだろう。
だが、金魚がいたこの半年間のことを私はけして忘れない。
かずま