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2014年 12月 10日
建築家になろうと思った人で絵を描くことが嫌いな人はいないと思う。 じゃあ、なぜ絵が好きになったのか?と訊かれると、(人それぞれ答えは違うが、)私の場合は単なる偶然だ。 私には4つ半離れた兄がいて、小さい頃絵を習っていた。毎回、近所の子達を引き連れ、小さな山を超え、岬の先の小高い丘の上にある廃屋のような2階建ての校舎に通っていた。 その間、私は一人で外で、航空母艦のカタパルトのような石畳の上で遊んでいたが、ある時とても寂しくなり、入ってはいけないと言われていた建物の2階に兄を探しにいった。 絵の先生が私に気づき、あたたかく迎えてくれた。そして何か描いてごらんと言った。 兄が縦に罫線の入った帳面(その頃はノートとは言わなかった)を1枚ちぎってくれ、鉛筆を貸してくれた。 来る時の山越えの様子を、兄、私、じょいっちゃん、しんちゃん、◯△ちゃん、樹々や緑、曲がりくねった道、雲を、無心で描いた。 するとその絵を見て先生が、「この子の絵が一番元気があっていい」と言い、壁の一番上に画鋲で貼ってくれた。私にはどこがいいのかさっぱりわからなかった・・・ たぶん、これが記憶の中に出て来る絵との最初の出会いで、4、5才頃だと思う。 兄は絵よりも外で遊ぶ方が好きだったので、クレヨンはそのうち私の専属になった。 おまけに(FがM重工のエンジニアだったので、)家には用済みの青焼きが山とあった。 その裏の白い面に毎日、夢中で絵を描いた。描くのはいつも(長崎駅で初めて見て乗って感動した)蒸気機関車で、だから黒いクレヨンばかりが無くなった。 幼稚園に入った時、絵が上手だと先生に言われたが、本当はただ無心で描くという癖がついてて、それが他の子より強かっただけだ。 小学校に入った時、初めて挫折を味わった。 それまで水彩で描いたことがなかったので、いつものように凄い勢いで夢中で描いたら、乾ききる前に色が混ざり合い、何の絵だかわからなくなってしまった。 確か「狼少年」の話のワンシーンだったと思うが、出来上がった絵はカンディンスキーの抽象画のように混沌としていた。 だがそのうちコツを掴み、しかもクレヨンで塗った部分は水彩は弾くという事実を知り、再び好きに描けるようになった。 Fの転勤で小2の時に東京に来た。 3、4年の担任のA先生との出会いは重要だった。A先生は美術の先生で、画家でもあった。いつも無心で描く私の絵を褒めてくれ、私より上手い子がいたのに、お前の絵は気持ちが入ってていい、と言ってくれた。ますます絵が好きになった。 こんなこともあった。 写生大会で学校のすぐそばの広い空き地に行き、みんなで絵を描いた。 その日はどんよりした雲が漂い、今にも雨が降り出しそうな天気だった。私は消防署のコンクリートの建物を描いたが、灰色と灰色ばかりが並ぶ絵で、正直おもしろい絵ではなかった。途中から乗り気でなくなり、周囲の緑もどこかくすんだ色に染まり、嫌な絵ができた。 翌日提出だったので、それを丸めてランドセルに挟み、みんなで帰った。 途中で道でふざけて遊んでいたら、丸めた紙がポロッと落ち、そのまま呑川(本当はとても飲めないドブ川)に落ちた。慌てて棒ですくい上げ何とか取り戻せたが、びじょびじょに濡れて絵の具も少し剥げていた。しょうがないので家で乾かし、もう一度絵の具を塗ったが、ますます汚くなって最悪の絵ができた。 次の日、恐る恐る提出したら、 「みぞぶち!前へ来なさい!!」とA先生に言われ、黒板の前に一人座らされた。 そして私の絵だけが貼られた。 (わぁ、怒られる!あんなことをしたからだ!) そう思った瞬間、 「見なさい!この絵だけが本当の絵だ!」とA先生が言った。 「昨日は青空ではないし、空き地も緑ではない。それなのに他の人は楽しそうなきれいな絵ばかり描いた。きちんと写生したのはこの絵だけだ!」 私は狐につままれたような感じで、早くそこから逃げ出したい気持ちで一杯だった。 結局、この絵は目黒区の展覧会に出て優秀作品に選ばれた。横には「この絵のどこが良いか考えましょう」と書かれていたが、私にはさっぱりわからなかった・・・ 中学1、2年の美術のM先生との出会いも重要だった。M先生も画家で、無心で描く私の絵を褒めてくれ、毎回校内の通路に張り出す優秀作品に選んでくれた。 中2の春、馬事公苑へ写生大会に行った。遊んでばかりいて、最後の小1時間で池に映る樹々を水彩でサラッと描いて出した。ほとんどテクニックだけで描いたような絵だった。 みんなは「さすがに上手いな!」と褒めてくれたが、M先生からは、 「これはキミの絵ではない!」と初めて言われた。 そして画面一杯に馬の顔を伸び伸び描いたS君の絵を褒めた。それを見て反省した。 (が、まだ身にしみてなかった) 夏に木の角材を使ってオブジェをつくる課題があった。 その時も遊んで怠け、最後の方で飛行機の羽のようなものを付けて、見た目はカッコイイ、テクニックだけで作った物を出した。するとM先生は 「これはキミの作品ではない!」と再び言った。 私はM先生が何を言おうとしてるのかを直感した。 秋に校内で写生する課題があった。私は紅葉する樹の葉っぱの一枚一枚を無心で描いた。いつのまにか絵の具が凸凹になり、ゴッホの絵のようになった。 それをみてM先生は、 「これはキミの絵だ!」と言った。そして「画家になる気はないか?」と続けた。 私はドギマギして「さあ〜?」とうっちゃったが、内心とても嬉しかった。 高1の美術の教師とは始めは上手くいかなかった。 アグリッパの彫刻を写生した時、もう少しこうした方が良いと言われた。私はそれを無視し、むしろ逆の、キュビズム風にデフォルメしたタッチで描いた。 1学期の成績は10段階で8の評価を受け、初めてフルマークではなかった。 こいつとは合わないなと思い、それからずっとサボった。 2学期の最後にエッチングを1点出さなければならず、その時だけ真剣にやった。 当時の首相の佐藤栄作にチョンマゲを生やし、殿様に見たて、頬杖を付きながら気難しそうに考え込んでる「憂慮」という皮肉を込めた作品を作った。久しぶりに無心で作業し、気がついたら朝になっていた。人生で初めて徹夜をした。 その作品だけで今度は10をもらった。そして「とてもいい」と言われた。和解した。 (余談だが、私が建築に進む羽目になったのは、高2の夏前におこなわれた進路決定の面談の時だ。その直前のテストで間違えて偏差値が高く出た。担任は喜んで、 「将来何になりたい?」と訊いた。 「できれば絵を描いて食っていきたい」と答えると、 「そんな不確実なことでどうする!」と一喝された。 何か言わないと逃げられない状況だったので、咄嗟に 「建築家になる」と出まかせを言った。すると 「じゃ、理科系だな」と言われた。 私は、建築は芸術だからてっきり文科系だとばかり思っていた。 それから私の苦難の道が始まった・・・) 絵が好きになる過程で大切なことを学んだ。 テクニックより気(気持ち)を込めることの方がはるかに大切だ たとえ下手であっても、無心でつくったものは人の心を動かす それはいつしか私の生き方となり、哲学となった。 導いてくれた方々に深く感謝している。 かずま
by odysseyofiska
| 2014-12-10 19:59
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