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2012年 02月 22日
![]() K氏は本当は図面やパースがとても上手で、絵に至っては玄人はだしだった。 何でもできる万能型の建築家だったが、中でもずば抜けていたのは発想力だった。 その点私はK氏の1/10にも充たないが、やはり発想型の人間だったので、K氏はとてもかわいがってくれた。(事務所にいる間にK氏から直接怒られたのは、彼の件だけである) 実現するしないに関わらず多くのプロジェクトに関わらせてくれ、発想を鍛えさせてくれた。(その時の訓練があるからこそ、私は今も前へ進むことができる) 反対に、発想やアイデアの無いものをひどく嫌った。 「ノーアイデアだね!」と切り捨てるのが常だった。 いつも新しいアイデアに飢えていて、それを見つけることにとても真剣だった。 極言すれば「建築は発想だ」と言ってるかのようだった。 プロジェクトが新しく始まる時の決まり文句は、 「未だ見たことの無いものをつくりましょう!世界で初めてのものをつくりましょう!」 だった。これにはいつも奮い立たされた。 だが力んで、「よ〜し!これでどうだ〜!!」と持って行くと、 軽く打ち消され、拍子抜けすることが度々あった。 (な〜んだ、あんなこと言うけど、本当はコンサバじゃん!)と怒ったものだ。 だが、今から思うと、それはK氏の「見たことの無いもの」と私の「見たことの無いもの」が単に違っていただけのことで、その接点をもっと根気よく摺り合わせる努力をしていればその差は埋められ、慎重さと大胆さの合わさった、さらに良い物ができたかもしれない。 だが、若さはいつも過剰だ。 私は以前ほどの狂気を感じさせないK氏をコンサバになったと勘違いし、少しずつ物足りなさを感じ始めた。 それと同時に自分自身にも空虚感を感じ始めた。 思えば私は20代を全速力で駆け抜けていたように思う。元々が建築に向いている人間ではないことをどこかで自覚しながら、その違和感を乗り越えるためにさらに無理して建築にのめり込んで行ったように思う。 その結果、自分自身が煮詰まってしまったと感じ始めた。 何かの課題が出る。それに対してポーンと新しい発想をし、絵を描く。 K氏が褒めてくれる。みんなも褒めてくれる。 だが、それは何かの繰り返しに過ぎない。 自分自身の中にある何かを、手を替え品を替え違った物に見せかけているが、本当は何も変わっていない。 単なる自己模倣や自己撞着に過ぎない。 そうした空虚感をどんどん感じるようになって行った。 そして事務所の空気も悪くなって行った。 設計事務所の仕事はいつも波があり、コンスタントではない。それは世界的に有名なK氏の事務所であっても同じことだ。入った当時は順調だったが、4年目の年はそうではなかった。そうした空気は創造の現場に微妙に影響する。 仕事を覚えて加速度を増していった私は、やがて核分裂反応のようにいろんなものと(K氏も含めて)衝突していった。だが、K氏は面と向かっては何も言わなかった。 それは、今から思うと、寛大な父親と馬鹿息子のようだった。 とても疲れていた。 六本木で毎晩Jazzを聴きながら一人でボーッと考えた。 だが未来は見えなかった。 一月後、この辺で一度休憩しようと思った、人生を。 すべてをチャラにして0から考えようと思った。 年の暮れに退所した。 そして糸が切れた凧のようにヨーロッパに旅に出た・・・ (つづく) かずま
by odysseyofiska
| 2012-02-22 21:06
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