
以前、ある学生から、「先生は順風満帆に生きて来ていいですね、私なんか悩みばかりで・・・」と頭に来るようなことを言われた。
俺だって10代、20代はずっと悩みながら格闘し、生きて来たんだ、だから今があるんだ、と伝えようと思い、意識的にその頃のことをブログで書いた。
そうしたら、そのブログを読んだ別の学生から、「先生は最近は建築は作ってないんですか?」と、これまた頭に来るようなことを言われた。ギャフンである。
確かに、ホームページの更新を怠って来たから、最近は作っていないと思われても仕方がない。また、昔のことを長々と書いたら、暇なんだなと思われても仕方がない。
だから、たまには建築の話をして、学生を安心させようと思う。
* * *
信州原村で手掛けていた研修所が先日完成し、引き渡しをした。それから数日後、諏訪大社の御柱の曳行を目前で観た。満7年に一度の神事だから、それに間に合いホッとした。
初めてこの敷地を見た時、(それは9月の初めだったが、)鬱蒼とした緑で囲まれ、周りがよく見えなかった。「森の中に住む」というコンセプトはその時すぐに浮かんだが、その住まい方とこの建物の目的である研修とがどうリンクするのかを見つける作業には少し手間取った。
結局、都会でない、この森の中でしか体験できない研修をイメージし、そのスペースは2階に浮かべて、全面的に森に開放することにした。
その代わり、研修に使う和室や寝泊まりのスペースは、最小限の明かりが入ってくる鳥の巣箱のようにし、それを3階に設けた。
研修に使っていない時は戸締まりが容易で泥棒も入り難いよう、1階はRC造で開口部をできるだけ少なくし、2階以上はキャンティレバーで迫り出し、鼠返しにした。



だが、一番腐心したのは、バラバラになった機能の諸室をどうやってつなげ、有機的に連動した統一体に戻せるかということだった。
当初から真ん中に吹抜けを設け、そこがあらゆる意味での交差点となるようにしようとは思っていたが、ありきたりなやり方ではなく、ここでしかできないやり方が最初は見えなかった。
そのうち、OMソーラー(原村は日照時間が日本で一番長い)と補助暖房の薪ストーブが中心に来て、それを取り巻くように階段が廻り、それに接続する諸室の段差の違いがそのまま外部に現れる、というのがわかって来て、やっとデザインの骨格が決まった。
後は、内部も出来るだけ自然な感じにしよう、すべての部屋は高窓で真ん中の吹抜けとつながるようにしよう、真ん中の吹抜けから太陽の動きや星空も見えるようにしよう、などと夢を膨らませて行って、最終的な形が決まった。
模型やスケッチでスタディし、細部も固まっていった・・・
完成してみたら、大きなワンルームの家のようで、どこにいても空気が通じ、気配ですべてがわかる。イスカらしいなと言えばそれまでだが、これまでやってきたことのいろんな部分が集まってるような気がした。
この作品を担当したN君とF君
工務店、クライアントには深く感謝している。
かずま

